image: e OrimO“ほぼ満員の客がざわざわと寿司を食らっている”
午前2時、私は24時間営業の寿司屋に行こうと築地に向かった。暗闇の中、自転車をこぐと、自販機の白い光が目につく。デニーズが先に見えたのを合図に、立ち漕ぎ体勢で、かちどき橋[1]を越える準備に入る。この橋の越えると、晴海通り[2]は築地、銀座へと続いて行く。橋の下り坂で一気に表側の世界へ突進して行くような感覚が、私は好きだ。
橋を越えたすぐ左手には築地市場[3]が広がっているが、まだ開場前でひっそりしている。買い物客とサラリーマンで賑わっているのが常の場外市場も人影がない。その暗い小道に入ると、その先にひとつだけ、看板が白く光っていているのが見えた。チェーン店らしいその店先に自転車を止める。自動ドアが開いて中に入ったとたん、その明るさで頭が朦朧となった。
「ヘイ、ヘイ!」と声を張る板前たちを囲む、ぐるりと弧を描くカウンターとテーブル席。天井からは白く光る大きなライトボールがいくつもぶら下がっている。その広い店内には、ほぼ満員の客がざわざわと寿司を食らっている。こんなところに、四次元寿司屋が存在しているなんて知らなかった。その勢いに圧倒されながらも、うっとりその光景に見入った。
視覚神経に集中して、味覚がおろそかになった。寿司の味は、覚えていない。いくらとうにとたまごの橙色、金色のラメのワンピ、髪と髭が異様にもじゃもじゃなのとか、やたらと大きい古いカバン、といったものを見た記憶が残っている。
午前4時すぎ、店を出ると薄明るくなった晴海通りに、卸トラックの列が出来ていた。朝になる前に、布団に入ろうと自転車をこいだ。
referenced works
- かちどき橋:勝鬨橋と表記。勝鬨とは、勝利者のあげる雄たけびのこと。この橋の名は、日露戦争に由来するという。二葉式跳開橋だが、昭和15年の完成後、30年間稼動しただけで、現在では電源も供給されておらず、開かずの橋となっている。 ↩
- 晴海通り:国道1号線の祝田橋交差点(千代田区)から、日比谷交差点を経て、東京都道304号日比谷豊洲埠頭東雲線の東雲交差点(台東区)へ至る道路。江東区が2006年に行った道路交通騒音・振動調査によれば、10分あたりの交通量は546台とのこと。圧倒的な交通量である。自転車で走り抜ける際には、くれぐれも安全運転を心がけたい。 ↩
- 築地市場:東京の台所、とも呼ばれる中央卸売市場。午後5時を過ぎると、各地からトラックによって魚などの荷が運び込まれ、卸売業者によって並べられる。午前5時になると、威勢のいい掛け声と共にセリが始まり、仲卸業者の手に魚や野菜が渡る。午前7時ごろに仲卸業者が市場内の店に商品を並べ始め、飲食店関係者や小売業者が仲卸業者のもとへ買い物に訪れる。午前11時ごろには、市場の一日が終わる。そして、市場から店先や料理屋へと魚や野菜が運ばれ、われわれの食卓に並ぶのである。 ↩
location information
- 場所: 中央区の築地場外市場
- 時間: 深夜
- 緯度: 35.66821
- 経度: 139.770298
- 地図: Google Maps
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