image: pict_u_re“涙を流しながら煙を吐く彼の隣”
30年来の親友と携帯電話で話しながら、近所をふらふらと散歩していた。
台湾で暮らす彼とはなかなか会えず、たまの帰国でも二人きりになることはなく、込み入った話ができずにいた。だから、本当に久々に、二人で話す機会だった。積もる話[1]があったのだが、とはいえ電話では話しづらいな、と思っていた。
千代田区は路上禁煙地区[2]だ。多くの建物も屋内禁煙となっている。
そのため、タバコの自動販売機のある交差点に設置された灰皿周辺は、喫煙者の集う場所となっていた。
しかし、人影まばらな日曜日の昼間、そこには誰もいなかった。
通り過ぎたとき、黒いスーツ姿の20代くらいの男が二人、目の前の建物から足早に出てきた。
ぴったりと寄り添い、一方がもう一方の背中に手を回していた。
手を回されている方の彼は、ボロボロと涙をこぼしていた。そして、胸ポケットからタバコを取り出し、震える指先で一本抜き取った。
二人は、角の灰皿の前のガードレールに並んで寄りかかった。
涙を流しながら煙を吐く彼の隣で、もう一人の彼は、タバコを吸うでもなく、ただ一緒にいた。
その様子が、とても、よかった。
そして、電話では話しづらいと思っていた自分をバカだなと省みた。
何でも話してみればいいのに、と。
そして、親友と話を続けながら、積もる話を切り出すために、ひと気のない場所[3]へ散歩を続けた。
referenced works
- 積もる話:ああ、このことを話したいな。そんな風に思いながらも、話すことができない。そうした状況が長く続くことで、話したい事柄が次から次へと心の中で積み重なり、溜まりに溜まった話。いざ話そうとすると、どこから話したものか、積もった話をほじくり返すことが大変な場合もある。もちろん、雪崩のように、すべてを吐露できることもある。 ↩
- 路上禁煙地区:路上喫煙禁止条例の適応される地区。2002年に千代田区に導入された後、他の区や市などにも広がっていった。千代田区では、区が灰皿を設置することはないが、店先などに設置された灰皿が愛煙家の憩いの場を構築する。これによって、井戸端会議ならぬ灰皿端会議が催されるわけだ。 ↩
- ひと気のない場所:ひと気とは、人のいる気配。気配とは、なんとなく感じられる様子。すなわち、ひと気のない場所とは、人がいる感じすらしない場所。東京でそうした場所を探すことは困難に思えるかもしれないが、すっぽりと抜け落ちたような場所というものは、どこの街にも不思議と存在する。 ↩
location information
- 場所: 千代田区三番町御鹿谷坂下交差点
- 時間: 昼
- 緯度: 35.6923
- 経度: 139.743749
- 地図: Google Maps
commentary